地方独立行政法人 りんくう総合医療センター
副病院長 兼 看護局長 井出由起子さん
今までの知識や経験と新しい情報を組み合わせ、最適なケアの提供
― 本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。早速ですが、最初のテーマとして、これからの看護師に求められる意識や能力についてお伺いしたいと思います。
井出さん:そうですね、まず社会が圧倒的に複雑になっていると思いますので、看護師には多様なニーズに対応できる力が求められるでしょう。
― 多様なニーズに対応できる力、具体的にはどのようなものでしょうか。
井出さん:ルーチン業務は、AIやシステムで代替できるようになってきていますから、看護師はより高度な判断やケアが求められるようになります。例えば、一つの病気だけでなく、複数の疾患を抱える患者さんや、認知機能が低下している患者さんなど、複雑な状況に対応できる力が必要ですね。
― なるほど。そのような状況に対応するためには、どのような意識が必要になるのでしょうか。
井出さん:過去の経験や知識にとらわれず、常に学び続ける姿勢が大切です。医療は日々進歩していますし、患者さんのニーズも変化しています。柔軟な発想で、今までの知識や経験と新しい情報を組み合わせ、最適なケアを提供していく必要があります。
― 「かけ算」の視点ですね。
井出さん:そうですね。「A+B=C」のような単純なものではなく、「A×B=D」のように、予想もつかない新しい価値を生み出すような発想が求められます。そのためには、看護師自身が、自分の専門分野だけでなく、周辺領域にも興味を持ち、知識を広げていき、化学反応を起こすかのように新発見をしていくことが求められていると思います。
― 社会全体が多様であるように、個々の患者さんの状況も多様化しているということですね。
井出さん:その通りです。社会の多様性を生み出しているのは、個々の多様性かもしれません。一人ひとりの患者さんの背景や価値観を理解し、共感する力も重要になります。
看護管理者も養うべきシンプルに伝える力。そして、スタッフの力を最大限に引き出す環境づくり
― 多様なニーズに対応できる看護師を育成するために、看護管理者はどのような役割を果たすべきでしょうか。
井出さん:看護管理者の役割は、現場の看護師が最大限に力を発揮できるよう、環境を整備することだと考えています。そのためには、複雑な状況を整理し、シンプルに伝える力、つまり「編集する力」が重要になると思います。
― 編集する力ですか。
井出さん:はい。看護師の仕事は、多岐にわたります。それぞれの看護師の得意分野やスキルを把握し、チームとして最適な役割分担を行う必要があります。また、チーム医療においては、多職種との連携が不可欠です。それぞれの専門性を活かしながら、患者さんのために協力し合えるよう、調整役を担うことも重要です。
― 組織をまとめ、目標達成に導くためには、どのようなマネジメントが求められますか。
井出さん:看護師一人ひとりの個性や強みを尊重し、主体的に仕事に取り組めるような環境づくりが大切です。そのためには、看護師の意見に耳を傾け、積極的に業務改善に取り組む姿勢が重要になります。
― 主体性を引き出すためには、どのような声かけや働きかけが必要でしょうか。
井出さん:看護師が日々の業務の中で感じている課題や不満を、気軽に話せる雰囲気づくりが大切です。そのためには、管理者が積極的にコミュニケーションを取り、看護師の意見に耳を傾ける姿勢を示す必要があります。
それぞれの相手に合わせ、わかりやすく、共感的な言葉で伝える練習が重要
― 多様な状況に対応し、チームをまとめ、患者さんをサポートしていくためには、高いコミュニケーション能力が不可欠です。応用力を高めるためには、どのような言語化・対話力が求められるでしょうか。
井出さん:看護師は、患者さんやその家族、医師や他の医療スタッフなど、様々な立場の人とコミュニケーションを取る必要があります。それぞれの相手に合わせ、わかりやすく、共感的な言葉で伝える力が重要になります。
― 共感的な言葉で伝える、具体的にどのようなことを意識すれば良いでしょうか。
井出さん:まず、相手の状況や感情を理解することが大切だと思います。同じ内容を伝えるにしても、相手の立場や気持ちを考慮し、言葉を選ぶ必要があります。また、言葉だけでなく、表情や態度など、非言語的なコミュニケーションも重要です。
― 井出さんご自身がコミュニケーションで心がけていることはありますか。
井出さん:一方的に話すのではなく、相手の言葉に耳を傾け、対話を重ねることを意識するようにしています。相手の意見を尊重し、共感することで、信頼関係を築いてきた経験が土台になっているのだと思います。また、対話を通じて、相手のニーズや課題に関心を持つようにしています。
― 看護の応用力を高める中で、言語化能力を向上させるための秘訣はありますか。
井出さん:秘訣かどうかはわかりませんが、日々の業務の中で感じたことや考えたことを、言葉で表現する練習をすることがやはり近道になるのではないでしょうか。対話の接点を増やすことを意識して、その中でも、自分の正しさを優先するのではなく、相手の状態を理解し、時には相手に逃げ場を提供しながら、言葉を選ぶ経験を積むことが大事だと思います。また、同僚や上司と意見交換をする際に、自分の考えをわかりやすく伝える練習をすることもとても有効だと思います。
― 今日のインタビューを通じて、これからの看護に求められる多様な要素が見えてきたように思います。最後に、未来の看護師たちに向けてメッセージをお願いします。
井出さん:看護の仕事は、決して楽ではありません。患者さんはどんなに私たちが尽くしても満足するとは限りません。しかし、患者さんの笑顔や感謝の言葉は、何物にも代えがたい喜びを与えてくれます。常に学び続け、成長を続けながら、患者さんの心に寄り添える、そんな看護師を目指してほしいと思います。
― 本日は貴重なお話をありがとうございました。
井出さん:こちらこそ、ありがとうございました。
(インタビュー Tomopiia Nursing café 編集長 石田秀朗)