自分が「どんな看護をしたいのか」という原点を忘れずに、
日々の経験を大切に振り返り、「私の看護」を語れるようになってほしい

聖マリアンナ医科大学病院
副看護部長 安藤 瑞穂さん

本質は不変、されど環境は激変。看護の価値を見出し、実践してするパラダイムシフト

― 本日はお忙しい中、ありがとうございます。早速ですが、安藤さんが長年見てこられた中で、看護の世界はどのように変化してきたと感じていらっしゃいますか? これからの看護師に求められることも含めてお聞かせいただけますでしょうか。
安藤さん:よろしくお願いします。看護の「本質」、つまり患者さんに寄り添い、その人らしい生き方を支えるという部分は、今も昔も変わらないと思っています。ただ、それをとりまく環境、特に臨床現場は大きく変わりましたね。
― 環境の変化、ですか。
安藤さん:はい。一番大きいのは、患者さんの在院日数が圧倒的に短くなったことです。昔は1ヶ月、長い方だとそれ以上入院されていることも珍しくなく、じっくりと患者さんと向き合う時間がありました。関係性を深めながら看護を展開できました。でも、今は手術をしたら数日、長くても1週間程度で退院されるのが当たり前の時代です。
― なるほど。そうなると、看護師の関わり方も変わらざるを得ないですね。
安藤さん:学生時代は一人の患者さんを受け持ち、時間をかけて関係を作り、看護計画を立てて実践するという経験をします。その価値観を持ったまま現場に出ると、目まぐるしく患者さんが入れ替わる現実に戸惑うことになります。今日受け持った患者さんが、次に勤務するときにはもう退院されている。そしてまた新しい患者さんを担当する。このスピード感の中で、「じっくり時間をかけた看護」を実践するのは非常に難しくなっています。
― 新人看護師さんにとっては、特にギャップが大きいかもしれませんね。早期に離職してしまうケースも聞きますが、そのあたりはどう思われますか?
安藤さん:確かに、今の新人看護師が置かれている状況は、昔とは全く異なります。ただ、離職の理由が「自分のやりたい看護ができないから」だけかと言うと、少し違うかもしれません。もちろん、そういう方もいますが、それ以上に、単純に「忙しすぎる」という状況から抜け出したい、という理由も大きいように感じます。昔は辞めても別の病院で看護師を続けるのが主流でしたが、今は看護師資格を活かせる他の職種や、全く異なる業界への転職など、選択肢が格段に広がっています。価値観が多様化し、働き方の選択肢が増えたことも、変化の一つですね。だからこそ、今の環境下でどうやって看護の価値を見出し、実践していくか、ある種の「パラダイムシフト」が必要だと考えています。
― パラダイムシフト・・・ですか。具体的にはどういうことでしょうか?
安藤さん:日々の業務、例えばルーチンワークに見えるようなことの中にも、必ず患者さんのケアにつながる意味があります。その一つ一つの業務が、自分が大切にしたい看護のどの部分に当たるのかを「意味づけ」をしていくこと。それが忙しい中でも自分の看護を見失わないために重要だと思います。

「看護へのこだわり」を育む仕組み。レポート、概念化面談、看護を語る会

― 日々の業務に意味づけをしていく、というのは非常に示唆に富んでいると思います。聖マリアンナ医科大学病院では、そうした看護師さんたちの「こだわり」や「意味づけ」を支えるために、何か特別な取り組みをされているのでしょうか?
安藤さん:私たちの病院(特定機能病院)は、超急性期の医療を提供しているため、非常に忙しい現場です。その中で看護師たちが自分たちの看護を見失わず、こだわりを持って働き続けられるように、いくつかの仕組みを取り入れています。中心にあるのは、「振り返り」と「言語化」を促す継続的なプロセスです。まず、1年目から毎年、全看護師がケースレポートに取り組むことになっています。
― 毎年ですか!?それは大変そうですが、継続することで見えてくるものがありそうですね。
安藤さん そうなんです。そして、レポート作成と並行して特徴的なのが「概念化面談」です。これは、以前は2年目、今は少し変わりましたが、特定の年次で、経験豊富な先輩看護師(看護部長経験者や副看護部長経験者など、「キャリアサポーター」と呼んでいます)と1対1で面談を行います。
― 「概念化面談」ですか。どのようなことをするのでしょう?
安藤さん:面談では、自分が経験した看護の中から、特に心に残っていること、例えば「なぜあの時モヤモヤしたんだろう」「なぜこの患者さんとの関わりが印象深いんだろう」といったことを深く掘り下げていきます。キャリアサポーターが対話を通して、その経験の背景にある看護師自身の価値観や考えを紐解く手助けをするんです。そして最終的に、「私が大切にしている看護はこれです」と、自分の言葉で表現できるように導きます。
― それは素晴らしい取り組みですね。自分の看護を客観的に見つめ直し、言葉にする機会は貴重だと思います。
安藤さん:はい。さらに、4年目になると「看護を語る会」という場があります。ここで、概念化面談などを通して見えてきた「自分の大切にしたい看護」を、同僚たちの前で発表するのです。
― 同僚の前で語ることで、さらに考えが深まりそうですし、聞いている側にも刺激になりますね。
安藤さん:おっしゃる通りです。先輩がどんな思いで看護をしているのかを知ることは、後輩にとって大きな学びになりますし、発表する本人にとっても自分の看護観を再確認する機会になります。このレポート作成、概念化面談、看護を語る会という一連の流れを、キャリアを通して様々な形で継続していくことで、「看護にこだわり続ける」文化を醸成しようとしています。1年目の看護師もレポート発表会で自分の考えを語りますし、その発表を入職したばかりの新人に聞いてもらう機会なども設けています。成長のプロセスを可視化することも大切にしていますね。

言語化力・対話力が拓く自らの未来、それは看護師として「芯」を持つこと

― レポートや面談、語る会を通して「自分の看護」を言語化していくプロセスは、言語化力や対話力そのものを鍛えることにも繋がりそうですね。安藤さんは、看護師にとっての言語化力や対話力について、どのようにお考えですか?
安藤さん:概念化のプロセスは言語化力を養う上で非常に重要だと考えています。正直なところ、歴史的に見ると、看護師は言語化があまり得意ではない側面があったかもしれません。看護記録の書き方なども影響しているかもしれませんが、「看護師って何をしている人なの?」と問われた時に、明確に答えられないという課題は以前から指摘されていました。
― 自分の実践を言葉にする難しさ、というのはあるかもしれませんね。
安藤さん:はい。しかし、多職種と連携したり、患者さんやご家族に看護の価値を伝えたりするためには、自分たちの実践をきちんと説明できる言語化力は不可欠です。そして、先ほどの話と繋がりますが、自分が何を大切にして看護をしているのかという「芯」を言葉にできることは、日々の判断においても非常に重要になります。
― 「芯」を持つことが判断に繋がる、とはどういうことでしょう?
安藤さん:看護には、唯一絶対の正解はありません。常に複数の選択肢がある中で、今、この患者さんにとって最適なケアは何かを考えなければならない。その時に、「あれもこれも」と迷うのではなく、「私が大切にしたい看護の価値観(芯)に照らし合わせると、今はこれを優先すべきだ」という判断ができるようになります。この「芯」があればこそ、忙しい中でも、あるいは予期せぬ状況に直面した時でも、ブレずに自分の看護を実践していけるのだと思います。
― なるほど。言語化は、他者に伝えるためだけでなく、自分自身の思考を整理し、行動の軸を定めるためにも重要だということですね。最後に、これからの看護を担う若い世代へ、メッセージをいただけますでしょうか。
安藤さん:現場は本当に忙しいですし、理想と現実のギャップに悩むこともあると思います。でも、日々の小さな業務の中にも、必ず看護の面白さや、やりがいは隠れています。ぜひ、自分が「なぜ看護師になったのか」「どんな看護をしたいのか」という原点を忘れずに、日々の経験を大切に振り返り、自分の言葉で「私の看護」を語れるようになってほしい。そのプロセス自体が、皆さんを支える力になるはずです。応援しています。
― 安藤さん、本日は貴重なお話を本当にありがとうございました。看護の本質を見失わず、変化に対応していくためのヒントをたくさんいただきました。

(インタビュー Tomopiia Nursing café 編集長 石田秀朗)