関西医科大学附属病院
看護部長 認定看護管理者
島村 里香
医師の指示から自律した専門職へ。変化を恐れず、常に学び続けることが大事
― 早速ですが、看護の現場は時代とともに大きく変化していると思います。島村さんが長年ご覧になってきた中で、看護師の働き方や役割はどのように変わってきたと感じていらっしゃいますか? また、これから看護師を目指す方や、現役で活躍されている方々に、大切にしてほしいことは何でしょうか?
島村さん: そうですね、私が看護師になった頃と今とでは、役割も求められる能力も大きく変わりました。以前は、看護師というと、どうしても「医師の指示のもとで動く」というイメージが強かったと思います。例えば外来で、先生の横について、言われたことを的確に行う、というような。
― 診療の補助という側面が強かったのですね。
島村さん: はい。もちろんそれも大切な役割ですが、今はそれだけではありません。特に、超高齢化社会が進む中で、看護師の業務量は拡大し、質も変化しています。法律の改正もあり、看護師が主体的に「医行為」の一部を担う場面も増えてきました。これは非常に大きな変化であり、看護が専門職として大きく進歩している証だと感じています。
― 医行為を担う、というのは具体的にどのようなことでしょうか?
島村さん: 例えば、「認定看護師」や「専門看護師」、そして当院でも力を入れている「特定行為看護師」、さらに「診療看護師」といった、より専門性の高い知識や技術を持った看護師が活躍する場が広がっています。これらは、それぞれの分野で高度な判断や実践を行うことが求められます。単に指示を待つのではなく、自ら考え、アセスメントし、必要なケアや処置を実践していく。こうした主体性が、今の看護師には不可欠になってきていると感じます。
― 専門性が細分化され、より高度になっているのですね。
島村さん: そうです。昔は「外科ナース」「救急ナース」といった括りでしたが、今はその中でも、例えば外科領域の創傷管理に特化した認定看護師や、救急看護認定看護師など、専門分野が深掘りされています。こうした専門性を持つことで、医師からも、そして他の看護師からも「一目置かれる」存在となり、自身が実践する看護に自信と誇りを持てるようになってきました。これは、個々の看護師の能力を最大限に活かすことにも繋がりますし、何より患者さんへのケアの質向上に直結します。
― 社会の変化に伴い、看護師の活躍の場も広がっているのでしょうか?
島村さん: まさにその通りです。私が勤務するような大学病院の超急性期だけでなく、地域医療や在宅医療の現場でも、看護師への期待は高まる一方です。訪問看護ステーションの数も非常に増えていますよね。これは、現代の医療ニーズを反映したものであり、看護師が活躍できるフィールドが格段に広がっていることを示しています。この30数年だけでも、看護師の働く「場」がこれほど多様化し、その専門性が深化したことは、私自身、大きな実感として捉えています。
― 教育制度の変化も大きいですよね。
島村さん: はい、看護教育が専門学校主体から大学教育へと移行し、さらに大学院で修士号や博士号を取得する看護師も増えました。特に専門看護師は大学院修了が要件ですし、当院のような教育機関を持つ病院では、基礎教育から高度な専門教育まで一貫して行える体制が整いつつあります。これは、看護師全体の地位向上と知識・技術レベルの底上げに大きく貢献していると思います。
― なるほど。看護師自身の意識改革や、専門性を高め続ける意欲が、今後ますます重要になってくるということですね。
島村さん: おっしゃる通りです。変化を恐れず、常に学び続ける姿勢。そして、自らの看護に責任と誇りを持つこと。これが、これからの看護師に大切にしてほしいことですね。
「特定行為看護師」124名。 より深い医学的知識を学び、レベルアップを図りたい
― 先ほどお話に出た「特定行為看護師」について、もう少し詳しくお聞かせください。関西医科大学附属病院さんでは、全国的にも注目されるほど多くの特定行為看護師を育成・活用されているとのことですが、どのような取り組みをされているのでしょうか?
島村さん: はい、当院では現在(取材時点)、124名の特定行為看護師が活躍しています。これは看護部全体の1割以上に相当し、このプログラムを開始して6年目になりますが、全国から多くの問い合わせや見学希望をいただいています。
インタビュアー: 1割以上というのはすごい数ですね! しかも、それを自施設で育成されている。
島村さん: そうなんです。特定行為研修は、もともと国の施策として、医師のタスクシフト・シェアを目的に始まりました。当初は、医師の代わりに特定の医療処置を行う看護師を増やすという側面が強調されがちでしたが、私はこの研修制度に別の可能性を感じていました。
― と言いますと?
島村さん: 特定行為研修では、医師が行うような臨床推論や、より深い医学的知識を学びます。これを看護師が習得すれば、単に処置ができるようになるだけでなく、看護師自身の思考力や判断力、アセスメント能力が格段に向上し、「レベルアップ」できる絶好の機会だと考えたのです。
― 深い医学的知識との化学反応が大きな成長につながると捉えられたのですね。
島村さん: はい。そこで、当院ではこの研修を自施設で行う体制を整え、大きなハードルとなる費用面を解決しました。通常、外部でこの研修を受けようとすると100万円近い費用がかかりますが、当院では「奨学金制度」を設け、実質的な自己負担ゼロで研修を受けられるようにしたのです。病院が費用を全額負担する、ということです。
― それは大きなインセンティブになりますね。
島村さん: ええ。さらに、タイミングも重要でした。認定看護師制度が変わり、既存の認定看護師が資格を更新する際に、特定行為の研修が有利になる状況が生まれました。外部で高額な費用と時間をかけて研修を受ける代わりに、自施設で、働きながら、費用負担なく更新に必要な要素も満たせる。こうしたメリットもあって、特に初期の研修生には、更新を控えた意欲の高い認定看護師が多く応募してくれました。
― 制度変更も追い風になったのですね。ただ、いくら制度が整っても、本人の「やりたい」という意欲がなければ難しいですよね? 特に5年以上の臨床経験が必要とのことですが。
島村さん: そこが肝心なところです。特定行為看護師になるには、本人の強い「やる気」が不可欠です。そこで重要になるのが、先に特定行為看護師になった先輩たちの「活躍」を見せることです。第1期生が現場で医師と対等に議論したり、的確な処置を行ったりして、医師や他のスタッフから認められ、頼りにされている姿。その後輩たちが見て、「あの先輩みたいになりたい」と思えるようなロールモデルを示すことが、モチベーションに繋がると考えました。
― ロールモデルの存在は大きいですね。医師との連携はいかがでしたか?
島村さん: 医師の理解と協力も不可欠でした。各医局を回って、特定行為看護師導入のメリット、つまり医師の負担軽減に繋がることを丁寧に説明し、協力をお願いしました。その結果、数年でほぼ全部署に特定行為看護師を配置できるようになり、今では医師の方から「今日は特定行為看護師いないの?」と聞かれたり、「この処置も特定行為に加えてほしい」といった要望が出たりするほど、現場に不可欠な存在として認識されています。
― 医師からの要望が出るというのが上手くいっている証ですね。
島村さん: はい。医師に認められ、頼りにされることは、看護師にとって大きな自信とやりがいに繋がります。当院では、臨床経験5年という節目を迎えた看護師に、「次のキャリアステップとして、特定行為看護師を目指しませんか?」と声をかけやすい環境ができています。経済的負担がなく、働きながら学べ、医師との連携もスムーズで、キャリアアップにも繋がる。こうした複合的な要因が、多くの特定行為看護師を育成できた理由だと考えています。これは単なる資格取得ではなく、病院全体での戦略的なキャリア支援の一環なのです。
相手に寄り添うために、聴く訓練、自分の考えを伝える訓練を大切にしてほしい
― 特定行為看護師のお話は、看護師の専門性やキャリアだけでなく、「自律」というキーワードにも繋がるように感じました。島村さんが考える「自律した看護師」とは、どのような姿でしょうか? また、その育成において、対話力や言語化能力はどのように関わってくるとお考えですか?
島村さん: 私が常々、特に新人看護師の時から伝えているのは、「自律した看護師になってほしい」ということです。特定行為看護師も、その自律を体現する一つの形だと思います。医師から認められ、主体的に判断し、行動できる。それは大きな自信になります。そして、そうした先輩の姿を見ることが、後輩たちの目標となり、成長を促す。良い循環が生まれるのです。
― その「自律」には、やはりコミュニケーション能力が不可欠だと。
島村さん: はい、非常に重要です。まず、看護記録一つとっても、曖昧で分かりにくい表現では、情報の共有も質の担保もできません。誰が読んでも理解できる、質の高い記録を書くためには、自分が行った看護、考えたことを、きちんと「言葉にする力」、つまり「言語化能力」が必要です。
― 言語化する訓練のようなこともされていたのですか?
島村さん: 私が病棟の管理者だった頃、「看護を語ろう会」というのを定期的に開催していました。自分が担当した患者さんについて、どのようなアセスメントをし、どんな思いで、どんなケアを実践したのか、それを皆の前で発表してもらうのです。最初はうまく話せなくても、回数を重ねるうちに、自分の考えや看護を言葉で表現できるようになっていきます。
― 他の人の看護を聞くことも学びになりますね。
島村さん: そうですね。他の人がどんな視点で患者さんを見て、どんな根拠でケアを選択したのかを知ることは、自分の引き出しを増やす貴重な学習機会です。そして、自分の看護を「語る」ことで、思考が整理され、記録の質も向上します。
― 対話力についてはいかがでしょうか?
島村さん: 私は、同僚ときちんと対話ができない看護師は、患者さんの本当の気持ち、痛みや苦しみに寄り添うことも難しいのではないかと考えています。日々の業務連絡だけでなく、お互いの看護について語り合ったり、相談し合ったりする中で、人間関係が深まり、チームとしての力も高まります。
― 患者さんとの関わりにも繋がってくるのですね。
島村さん: もちろんです。患者さんの言葉にならない思いや、微妙な変化を感じ取るためには、まず相手の話を真摯に「聴く力」が必要です。そして、それを共感的に受け止め、適切な言葉で応答する。この「対話力」は、看護師にとって最も基本的な、そして最も大切なスキルの一つです。相手に寄り添うためには、まず聴く訓練、そして自分の考えを伝える訓練が欠かせないと思います。
― 日々のコミュニケーションの積み重ねが大切なのですね。
島村さん: そうですね。日々の業務の中で、自分がやったこと、感じたことを意識的に言葉にして振り返る。同僚や先輩、後輩と積極的に対話する。そうした地道な積み重ねが、言語化能力や対話力を高め、結果として患者さんへのより良いケア、そして自分自身の成長に繋がっていくのだと思います。これからの看護師たちには、専門知識や技術はもちろんのこと、この「言葉の力」「対話の力」を磨き、自律した専門職として輝いていってほしいと、心から願っています。
― 看護の未来、そして看護師さんたちの可能性を感じる、大変示唆に富んだお話をありがとうございました。
島村さん: こちらこそ、ありがとうございました。
(インタビュー Tomopiia Nursing café 編集長 石田秀朗)