患者さんの「心まで看る」という姿勢を忘れずに、
対話する力、想いを言葉にする力、倫理観を磨き続けていきたい

副院長 看護部部長
認定看護管理者
福島 俊江

AIと共存する未来。看護師が「心の奥底まで看る」ことの重要性

― 早速ですが、福島さんは近年の看護の変化、特にこれからの看護師の仕事について、どのようにお感じになっていますか?
福島さん: やはりDX化、デジタル技術の進展は大きいですね。アナログだった部分がデジタルに置き換わり、例えばAIを看護記録に導入するといった実践も始まっています。AIが看護師と患者さんの間の会話を音声認識で記録・分析し、要点を抽出したり、ケアプラン作成に役立つ可能性のあるキーワードや感情的な反応などを客観的なデータとして提示してくれたりします。記録にかかる時間を短縮できるだけでなく、私たちが多忙な中で見落としがちな患者さんの細かな変化やサインに気づくきっかけを与えてくれる可能性があり、ケアの質の向上にもつながるのではと期待しています。
― AIの活用が進んでいるのですね。
福島さん: はい。ただ、ここで重要なのは、AIに過度に依存してはいけないということです。AIはあくまでツールであり、私たち看護師が主体的に関わっていく必要があります。以前、東京医療保健大学の坂本教授からお話をお伺いする機会があったのですが、「これからの看護に必要なものは何か」と伺った際、「見えないものを看る力が必要だ」とおっしゃっていました.
― 見えないものを看る力・・・ですか。
福島さん: ええ。私はその時、氷山のイメージが浮かびました。水面から見えている氷(データや症状)は一部で、その下には広大な氷(患者さんの背景、感情、価値観)が隠れています。AIは見える部分の分析は得意かもしれませんが、水面下の部分、つまり患者さんの「心」まで看ることは難しいと思います。当院では「心まで見る」という言葉を大切にしているのですが、まさに見えないものを看る力とは、患者さんの心の深層まで想像力を働かせ、共感し、理解しようと努める姿勢そのものなのだと捉えています。
― 氷山の例え、非常に分かりやすいですね。AIは過去のデータ(見える部分)を分析できても、その人にとっての未来(見えない部分)までは示せない。
福島さん: そうなんです。だからこそ、AIという便利なツールを使いこなしつつも、私たち看護師は、その人自身を深く理解するという看護の本質的な部分をより一層大切にしていく必要があると考えています。技術が進歩しても、看護の核となる部分は揺らいではいけない。むしろ、その重要性は増していると感じています。患者さんを「病気の患者」というフィルターを通さず、「一人の人間」として向き合うこと。それが全ての基本です。

「患者さんの想い」を起点に、日々の対話による質の高いケアを目指したい

―  「心まで看る」「人を見る」という視点を、貴院の看護部ではどのように育んでいらっしゃるのでしょうか? 具体的な取り組みがあれば教えてください。
福島さん: 当院は急性期病院ですので、在院日数の短縮も求められます。そのために地域連携なども重要になってきますが、それらを円滑に進めるためにも、目の前の患者さん一人ひとりに丁寧に関わり、一日でも早く元の生活に戻れるよう支援することが最も大切なことと考えています。そのために、数年前から毎朝、師長たちとミーティングを行い、退院調整が難しい事例や課題のある患者さんについてディスカッションする時間を設けています。
― 毎日のミーティングで事例検討をされているのですね。
福島さん: はい。このミーティングを始めた当初、気づいたことがありました。議論がどうしても、病状のアセスメントや治療方針、家族の状況や社会資源の調整といった「看護師側から見える課題」に偏りがちだったのです。もちろんそれらも重要なんですが、最も大切な視点が抜け落ちてました。それは、「で、結局のところ、患者さんご本人はどうしたいと思っているの?」「患者さんの本当の想いはどこにあるの?」という問いかけです。私は、繰り返し、繰り返し、この原点に立ち返ることを皆に促しました。
― 患者さん本人の意向や想いを常に中心に置く、ということですね。
福島さん: はい。これを1年ほど地道に続けるうちに、まず患者さんの想いを確認することが習慣になり、それが当たり前の状態になってきました。主治医がこう言っている、ご家族がこう考えている、それも判断するうえで大事な情報ですが、まず「ご本人はどうしたいのか」、そこからスタートすることでケアの方向性がぶれなくなります。その想いを羅針盤とすることで、ケアの方向性が明確になり、チーム内での認識のずれも少なくなりました。これは、先ほどお話しした「フィルターを外して人を見る」ということにも直結します。私たち管理者がスタッフである看護師と接する際も、「看護師」という役割のフィルターだけで見るのではなく、その人自身の個性や想いを持った「一人の人間」として尊重し、向き合うことが大切なのと同じ考え方です。
― 活動内容だけでなく、その目的、特に患者さんの視点に立ち返るというのは、多くの場面で重要ですね。
福島さん: 看護師は誰しも、根底には「患者さんのために良い看護がしたい」という純粋な想いを持っています。その熱意や使命感を最大限に活かすためにも、患者さんの本質的な部分、その人らしい「想い」に深く寄り添い、それをケアの計画や実践に反映させていくプロセスが不可欠です。こうした丁寧な関わりが、結果として患者さんの満足度を高め、回復を促進し、ひいては病院全体としての目標である在院日数の短縮にも自然な形で貢献していくものだと考えています。

スタッフが実践の中で得た「知」を、言葉にして共有し、「知の結集」に繋げていきたい

― 患者さんの想いを捉え、ケアに繋げていく上で、「対話力」や「言語化する力」が重要になってくるかと思いますが、どのようにお考えですか?
福島さん: まさにその通りですね。先ほどの朝のミーティングも、単なる情報共有ではなく、患者さんの価値観や想いを深く理解するための「対話」の場であり、それを言葉にしていく訓練の場でもあります。さらに、日々の実践を振り返り、言語化する機会として、学会発表や看護研究を奨励しています。
― 学会発表や研究も推進されているのですね。
福島さん: ええ。自分たちの実践を客観的に捉え、文章にまとめる作業は、思考を整理し、論理的な考え方を養い、他者に伝える力を高めます。これは非常にエネルギーの要る作業ですが、看護の質を高める上で欠かせません。私自身も、希望するスタッフがいれば、そのプロセスを一緒に伴走するようにしています。テーマ設定から構成、表現の仕方まで、一緒に考えます。
― 部長自ら伴走されるとは、スタッフの方々も心強いでしょうね。
福島さん: 私が管理職になったばかりの頃、「もう実践はしなくていい」と言われた経験があり、違和感を覚えたことがありました。管理職であっても、実践へのこだわり、現場感覚は持ち続けたい。そして、スタッフが実践の中で得た「知」を、言葉にして共有し、病院全体の「知の結集」に繋げていきたいと考えています。スタッフが自分の実践を言語化し、発表することで、自信にも繋がりますし、それがまた次の実践への意欲にもなります。
― 実践を言語化し共有することが、個人の成長と組織全体の質の向上につながるのですね。まさに「知の結集」ですね。
福島さん: そうですね。そして、こうした一連のプロセス、つまり患者さんの尊厳を守り、その人らしい生き方を支えるために真摯に向き合い、対話し、考え、実践し、それを言葉にして共有していくこと、その全てが、広い意味での「倫理的実践」なのだと思います。「倫理」というと、何か特別な難しい概念のように捉えられがちですが、決してそうではありません。日々のケアの中に、倫理的な判断や配慮は常に存在しています。AIという強力な技術と共存していくこれからの時代だからこそ、私たち看護師は、人間ならではの対話する力、想いを言葉にする力、そして根底にある倫理観を、これまで以上に大切にし、磨き続けていく必要がある。そして、常に患者さんの「心まで看る」という姿勢を忘れずに、温かい看護を追求していくことが求められているのだと思います。
― AI時代だからこそ、看護の本質である人間的な関わりや対話、そしてそれを言語化し共有する力がより重要になるということですね。本日は、未来の看護を見据えた、非常に示唆に富むお話をありがとうございました。
福島さん: こちらこそ、ありがとうございました。

(インタビュー Tomopiia Nursing café 編集長 石田秀朗)